SNSと承認欲求

よろしくお願いします。

Twitterリツイートでよく回ってくるツイートは、フォローしている人によりますが大きく5つくらいに大別できると思います。(あまり大別できてないのは目を瞑ってください。) 一つは有名人のツイート。 一つは告知・キャンペーンツイート。 一つは写真や動画などのメディア系のツイート。 一つは文字系のネタツイート。 そして、流行ったネタツイートを改変した所謂二次創作ネタツイート。 みなさんはどのツイートをよく目にするのでしょうか。

そんな質問で始まる今回のエントリはSNS/Twitterについて書いていきたいと思います。 特にTwitterの中でも興味深いのはネタツイートに関することです。 先程の質問のネタツイートにも様々な種類があります。 その内容を挙げていくと枚挙にいとまがないので割愛しますが、人気ツイートにどんなものがあるか知りたい方は「私 min_retweets:5000」などとキーワードを入れてTwitterで検索してみたり、さまざまなめりっとというサイトで見てみたりするといいかもしれません。

ネタツイートって数多くありますよね。 なぜ人はネタツイートをするのでしょうか。 ネタツイートをするとお金がもらえるわけではありません。 ネタツイートをすれば病で死ぬ子どもが助かるわけでもありません。 多分、きっと、それは「有名になりたい」「すごいと思われたい」「みんなに知られたい」と思うような承認欲求があるからではないかとぼくは考えています。 もちろん承認欲求は悪いものではないと思いますし、多くの人が楽しめるネタツイートは誰かの心を癒やしているはずです。

しかし、ネタツイートでもあまり好意的に見られないものもありますよね。 昔の2ちゃんねるで流行ったネタの焼き直しは眉を顰められることもあります。 事実と見せかけた嘘ツイートなどは糾弾されることすらありますね。 最近、それはおそ松さんが流行った2016年頃から事実と見せかけた嘘ツイートは嘘松と呼ばれ嘲笑の対象となっています。*1 散々嘘ツイートが炎上している今でも、嘘ツイートが蔓延る現状はなぜなのでしょう。 少し話を盛った方がインパクトがありリツイートされやすいということから、話を盛りすぎていつの間にか嘘になってしまっていることもあると思います。 つまり、リツイートが鍵になります。 リツイートされたいという思い、それはネタツイートをする気持ちと同じ「承認欲求」が関わってくるのでしょう。

承認欲求とはどんなものでしょうか。 承認欲求の歴史については p-shirokuma.hatenadiary.com が参考になると思います。

個人的にも詳しく知りたかったので承認欲求に関する本を読んでみました。 読んだ本は

承認欲求―「認められたい」をどう活かすか?

承認欲求―「認められたい」をどう活かすか?

「認められたい」の正体 ― 承認不安の時代 (講談社現代新書)

「認められたい」の正体 ― 承認不安の時代 (講談社現代新書)

の三冊です。

一冊目の『承認欲求ー「認められたい」をどう活かすか?』では、承認欲求についてまだ広く知られていなかった2007年に書かれています。 この本が書かれた時代にはSNSは日本ではまだ黎明期であり、本でも言及はmixi一つに留まっています。

この本での主題は世間や会社での承認について。 ぼくが注目したところは承認の種類です。 会社で働くことでも、現代の人々はお金や自己実現よりも承認を求めているという話から始まっていました。 お金を求めている人は多いがそのお金も金銭そのものではなく、金銭が能力や業績のシンボルとなっているのではないか、昔はお金が必要だったが今は豊かになっているため必要とまではいかず、逆にシンボルとしての価値になっているのではないかという話です。

個人的にもこの意見については賛成であり、今ではほぼ全ての行動が承認に操られているような気さえしています。 Twitterでもフォロワー数のような自分を見てくれる人が数値で示されているものがあります。 これは多くの人に認められフォローしてもらっているというわかりやすい指標であり、価値があるからこそフォロワーの売買などといった傍から見ると意味不明なことも行われています。

本のなかで、承認には二つのベクトルがあるとこの本では記されています。 表の承認と裏の承認、そして短期的な承認と長期的な承認です。 一つ目の表の承認では優れた能力や業績を称えることです。 それは対外的にも認められるという証であり、加点方式によって評価されます。 一方で裏の承認では規則や序列を守ることです。 これは他の人とは別にならず、憎まれたり嫌われたりしないで消極的に認められることになります。 この承認では減点方式で評価されます。 日本は表の承認が少なく裏の承認に縛られるため、歯がゆい思いをしながら表の承認に飢えているのではないかと感じました。

二つ目の短期的な承認では周りの人に認められるようなすぐにわかるような日常の承認が影響しています。 一方で長期的な承認では出世やキャリアアップといった長い目で見たときの承認が影響しているそうです。 日本では年功序列などにより長期的な承認はあまり見られず、短期的な承認に軸足が置いてあることも言及してあります。 出る杭は打たれるという言葉があるように、長期的な承認は他人の反感を買いやすいため抑え気味になっていることも言われています。

TwitterなどSNSの承認欲求というものは、この日本的な承認の最もたるものではないでしょうか。 リツイートやいいねなどは数字で表れ、それが自分のフォロワー数につながり自分がすごいと考えられるような表の承認、そしてTwitterをやっている人にリツイートによって認められているという短期的な承認。 この二つの方向の承認を簡単に得られることがネタツイートであり、その度合いを大きくするために嘘をついてしまったり、さらに簡単に得るためにネタを真似したりします。*2

本では、突出した人が反感を買ってしまうのはなぜかについても考察してありました。 日本では、反感は全く知らない人ではなく、ムラ社会などの知り合いからの反感を買うことが多いそうです。 日本は狭いので同じ場所に住んでいたり同じ価値観を共有していることが多く、人と人との差別化があまりありません。 できることも同質的になり利害がゼロサムとなるため、突出してしまうともう一方は不利益を被ってしまいます。 そのため、他人から反感を買うのではないかとのことでした。

そう考えるとゲームのガチャ結果などを呟くのはどうしてでしょうか。 良い結果がでると、その人と自分とで差が生まれてしまいますよね。 これは、SNSの知り合いは結局はアカウントの文字列しか知らない赤の他人であり、相手が良い結果を出したとしても自分に不利益とならないから、素直に賞賛できるという理由だと思います。 SNSではインターネットという程よい距離が間に挟まっているのがいいのでしょうかね。 逆に相手がズルいと思うようなことをしてしまうとインターネットが挟まっているにも関わらず炎上というかたちで他人の反感を買ってしまうこともあります。 正義という名の棍棒で袋叩きにすることはぼくはあまり好きではないのですが、承認欲求というテーマとは遠ざかるのでこれ以上言及はしません。

かくいうぼくも、何か出来事があったらそれに言及したり自分で頑張ったことなどをついTwitterに書いてしまうときがあります。 自分ではあまり意識していませんでしたが、改めて考えると承認してもらいたいからだったのかもしれません。

ぐだぐだと書いていたら長くなってしまいました。 世間や会社での承認をテーマにした少し古い本となっていましたが今のSNS社会に通じるところも多くありました。 他にもいろいろ今の行動の分析について参考になる部分もあり、考えて読んでいるといろいろ楽しかったです。 他の本はまたの機会があれば。それではまた。

*1:嘘松と言われることになっている理由は諸説ありますが、嘘ツイートをするアカウントのアイコンがアニメおそ松さんのアイコンになってることが多いからという説が有力なようです。[要出典]

*2:パクツイといわれるものですね。

記録と京都

よろしくお願いします。

記録っていつも更新されていると思いませんか。 先月もいろいろな記録更新がありました。 例えば甲子園で広陵のキャッチャー中村くんが清原さんの甲子園ホームラン記録を含む様々な記録を更新したり。 例えば東京で1ヶ月の日照時間の最短記録が更新されたり。 例えばTwitterオバマ前アメリカ大統領のバージニア衝突後ツイートのいいねが最高記録を更新したり。 細かいものも気にしているとキリがありませんよね。

「記録は破られるためにある。」いい言葉だと思います。 認識してる限りではぼくは今まで一度も何か記録を破ったことはありませんので偉そうに言える立場ではありませんが。 この言葉はいったい誰が最初に言ったのでしょうか。 調べてみると、一番検索にひっかかるのはリチャード・ブランソンさん*1でした。 似ている言葉で「ルールは破るためにある。」が出てきて少し笑ったのは秘密です。

記録があると一種の評価基準としてわかりやすいから使われるのでしょうかね。 また、記録は目標にもなります。 人為的でない天気などの記録はともかく、人の手によって作られる記録は破ろうと頑張ることで良い成果が生み出されることもあるはずです。 自分も目標を持って頑張っていこうと思います。

さて、自己啓発本みたいな反省は置いておいて、記録的に天気が悪かった8月半ば頃にぼくは京都に行ってきました。 京都へ観光というと清水寺などお寺に行くことが多いと思いますが、ぼくが訪れたのは京都は宇治・伏見です。 宇治・伏見は二回目の訪問となっていて、前回は2015年の8月、響け!ユーフォニアムのアニメ放映が終わった直後に聖地巡礼として訪れています。 今回なぜ宇治・伏見を訪れたかというと、響け!ユーフォニアム2のアニメ放映が終わっていたからです。 全く一緒ですね。

今回は前回と違い日中限られた時間だったので、あまり多くの場所を見ることはできませんでしたが、かわりに聖地を巡るだけでなく地域の雰囲気を楽しんできました。

まず、今回は前回と違い聖地巡礼するのに便利なアイテムがいくつかありましたので紹介します。 ひとつは舞台めぐりマップというものです。 このマップは今回では宇治市の観光案内所に置いてあったもので、そのシーンの写真と場所が書いてありとても便利です。

♪「響け!ユーフォニアム2」舞台めぐりマップができました♪ | 宇治市公式ホームページ ~宇治茶と源氏物語のまち~

また、その舞台めぐりマップに書いてあったので入れたスマートフォンアプリの舞台めぐりというものがあります。

行けるアニメ! 舞台めぐり

こちらのアプリケーションは位置情報をつかうことができ、聖地に到着すると写真に使えるオリジナルステッカーがプレゼントされます。 そのステッカー集めのために巡るもよし、ただ写真を撮るだけでも場所がわかりやすいのでよしととても便利なアプリケーションだったのでこれからどこか宇治以外の場所でも聖地巡りをする方はぜひどうぞ。

さて、観光ですがまず京都では宇治・伏見1dayチケットを購入しました。 前回も購入したものですが、京阪電車の宇治〜伏見区間が乗り放題になるチケットで響け!ユーフォニアム聖地巡礼をする際には必需品だと思います。 京阪電車も決して高いわけではないのですがチケットを買うと2,3度乗り降りすると元が取れるリーズナブルなチケットなので1枚いかがでしょうか。

宇治ではまずいつものベンチで黄昏れたあと、宇治神社宇治上神社でお参りをしてきました。

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なんとこのとき宇治川の上流の天ヶ瀬ダムの放流が行われており(!)、宇治川の内部にある橘島には増水による水位や水流の影響で立ち入ることができませんでした。

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そのあと、歩いている途中で見つけた福寿園のお茶屋さんで宇治抹茶アイス氷を食べました。

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前に人がいないのが残念で仕方ありませんが、宇治抹茶アイス氷はものすごく美味しかった……! かき氷はこれまであまり好きではなかったのですが、この宇治抹茶アイス氷で全てのかき氷に対する固定観念が破壊尽くされました。 濃厚な宇治抹茶味のシロップがかかったなめらかな舌触りのアイスはきっと食べる者全てを虜にしています。 上にかけてある五色餡は宇治抹茶の味わいを引き立てつつも絶妙にかき氷と絡みつき、食べ始めに動かした手は器が空になるまで止まらなくなりました。 最後まで楽しめるように白玉やアイスが添えてあり、この宇治抹茶アイス氷だけで冷たい食べ物全てを制覇する勢いです。

新着情報一覧 | 福寿園宇治工房

サイトによると9月末頃までやっているそうなので、その期間までに宇治に行くことがあれば絶対食べてください。

その後大高山に登り、宇治市を見渡せる展望台で一休みしました。

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1月の放映のあと少し期間が空いてしまったので人はいないもんだと思っていましたが、響け!ユーフォニアム目当てで来てる人もいました。 それだけ聖地人気のあるアニメでもあり、映画がこの後3本(!!)も控えている響け!ユーフォニアム。 見てないみなさんはよろしくどうぞ。

anime-eupho.com

最後に伏見の伏見稲荷大社にも寄りました。 時間の都合もあり千本鳥居の奥までしか行けませんでしたが、暗くなってきた時間にも関わらず海外の人を中心に多くの人で賑わっていました。

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なぜこんなに海外の人が多いのかと不思議に思っていましたが、調べてみると実は伏見稲荷は外国人が選ぶ日本の観光地第1位になっていたからだとか。 インパクトのある千本鳥居が記憶に残りますが、1位という記録に残ることも素晴らしいですよね。

今回の京都もとても、とても、とても楽しかったです。 次は中学校の修学旅行以来全く行っていないお寺に行ってみたい気持ちがあります。 あのときの自分と今の自分で受ける印象はきっと大きく違っているのではないでしょうか。 とても楽しみです。 それではまた。

君の名前はわかっていても、打ち上げ花火はどこから見るか謎のまま

よろしくお願いします。

夏x打ち上げ花火x恋愛というどの要素でも舌なめずりができそうなキーワードが散りばめられているアニメ映画、「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」を先日見てきました。 PVでも心が踊るような浴衣や海などが描かれ、音楽も評判が良いため公開前はとても期待していた映画です。 しかしながら、ぼくが見に行く頃には高い評価ではない感想が多数を占めていたため、あまり期待せずに見に行ってきました。

結局のところ、前評判を聞いてハードルが下がっていた可能性がありますが個人的にはとても楽しめました。 日にちがたった今、もう一度映画館で見たくなっています。 なぜ評価が低いのか、そのことを考えてみるとわかりやすさが影響しているのではないのかなと思いました。 評価の基準は、きっと、「ノスタルジーに浸れるか」。

このエントリーでは感想や考察などを書いていきますが、映画を見た次の日に「君の名は。」を見る機会もあったので、何が違いになっているのか感じたことも少しだけ考えていければと思います。 比較のようなことをするのは、KADOKAWA君の名は。と同じように小説版を始めとして様々なメディアミックス戦略を立てているため比較に適しているのではないかと思ってのことです。 なお、打ち上げ花火の小説版は未読となっており、岩井俊二さんの作品はWikipediaを見た限りではこれが初めてです。 ネタバレを含むのでまだ見てない方はぜひ映画館で見てからどうぞ。 それでは下から。


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秋は飽きない

よろしくお願いします。

暑い夏は少し早めに終わっていたような気がしますが、ついに暦の上でも九月になりましたね。 九月といえば秋、秋といえば◯◯の秋です。 例えばスポーツの秋。 近頃の小学校や中学校の運動会は五月・六月という春にやることが多いそうなので実際は運動会シーズンではありませんが、体育の日は秋にあるので運動会シーズンではなくともスポーツの秋です。

他にも秋はたくさんありますよね。 食欲の秋、読書の秋、芸術の秋などなど。 こんなにたくさんあるのはいったいなぜなのでしょうか。 個人的には実行しやすい環境、実行しやすい気持ちの持ちようなどが要因としてあるのではないのかなと思っています。 春は別れや出会いの季節といわれ、何かに集中してやろうという気持ちにはあまりなりませんよね。 また、夏は暑く冬は寒くなるので、集中するのには適さない環境になっているのではないでしょうか。 消去法ではありませんが、こう考えてみると一番良さそうなのは秋です。

この〇〇の秋、個人的は全てはできなくとも何か一つ決めてやっていこうと毎年思っています。 昨年は確か読書の秋にしたような。 一日一冊以上読もうとして、読むことが少し嫌いになりかけました。 今年は秋に限らず読むことは多いので、読書の秋は封印。 食欲の秋にします。 美味しいものをたくさん食べたいです。 ホクホクとした温かいさつまいもや脂の乗った美味しい秋刀魚、みずみずしい梨・柿・ぶどう、イガイガの栗やもちもちした新米など秋の味覚を食べ尽したいです。 松茸はすこしばかりお値段が張るので難しいかな。でも食べてみたい。 食べ物をたくさん書いていたらパブロフの犬のように口からつばが溢れてきそうになりました。あぶないあぶない。 たくさんの美味しいもの、目の前にしたら我慢できるでしょうか。 きっと我慢できないと思います。 それだけ美味しい食べ物には魅了するようななにかがあるのでしょうね。

最後は食べ物の話になってしまいました。 実は先日の暑い日においしいかき氷を食べたときから美味しいものをたらふく食べたいと思うようになってしまったのです。 そのことを含めて前回の更新後書こうと思っていたことはいろいろあったのですが、なんとなく乗り気にならなかったので書いていませんでした。 やはり書きたいときに書くのが一番ですね。現場からは以上です。それではまた。

位置情報ゲームと横浜

よろしくお願いします。

お盆ですね。ぼくは前回からの間に横浜に行ったり宇治に行ったりしていました。 本日はその横浜についてつらつらと書いていこうと思います。

横浜ではポケモンGO。初日にも関わらず多くの人が訪れていて現場は大混雑でした。 年齢層も老若男女問わずたくさんの方がいらっしゃって、ポケモンというIPの凄さを実感する一日でしたね。 その状況は下に詳しく。 昨年、2016年7月21日に日本でリリースされてからARゲームという枠で取り上げられていたような気がしましたが、今は位置情報ゲームとなっている印象を受けます。 位置情報ゲームはたくさんの種類がありますね。

そういえば、高校生のころぼくは白猫で有名なコロプラが行っていた「コロニーな生活 PLUS」という位置情報ゲームにハマっていました。 今はVRに力を入れている(と個人的に感じる)コロプラですが、この社名は元々提供していた上記のゲームから名付けられています。

コロニーな生活 PLUSは位置情報ゲームに街育成要素を追加したようなシステムのゲームです。 移動した場所で位置情報の登録をすると、前回位置情報の登録をした場所からどのくらいの距離移動したのかが計算され移動距離に応じたゲーム内通貨が貰えます。 その貰ったゲーム内通貨を使いアイテムを購入して街を発展させていくといった内容になっています。 さらに詳しい内容はWikipediaに書いてあるのでそちらをどうぞ。

コロニーな生活 PLUSは位置情報ゲームの中でも「ロケーション」に大きな意味をもたせたゲームでした。 前述で移動距離に応じたゲーム内通貨で街を発展させていくと書きましたが、このゲームの本質は街の発展ではなくそのロケーション限定での行動だと思います。

そのロケーションに行っておみやげを買う。
そのロケーションに行って自分のおみやげを取引する。
そのロケーションに行って地域を踏破する。

このゲームをやっていたぼくは、ロケーションの価値を重要視することが位置情報ゲームに必要なことだと考えていました。

ポケモンGOが流行った今考えると、そんなことはないようですよね。 今のポケモンGOでロケーションの価値というものは全く重要ではありません。 世界規模のゲームなので仕方がないのかもしれませんが、一番簡単に場所の価値を示すことができる限定ポケモンというものは地域で分けられています。 ロケーションに関する要素は2017年の6月頃に実装された新ジムバトルでのジムバッジぐらいでしょうか。 それが実装される前は無いに等しいようなものでした。

ではポケモンGOは何に大きな意味を持たせているのでしょうか。 ロケーションは前述したようにあまり意味を持たせていません。 移動距離はポケモンのタマゴを孵化させるときに使うことと相棒にしたときに一定距離移動したらもらえるアメに関わってきますね。 しかし大きな意味があるかというとそうではない、実質サブ要素でなくても問題はないと思います。

ポケモンGOで何をしているか考えてみましょう。 近くのスポットに行ってアイテムを貰う。 近くのジムに配置してあるポケモンと戦う。 近くに出てくるポケモンを捕まえる。 近場にいるトレーナーと協力して強大なレイドボスに立ち向かう。 何をしているか改めて考えてみると実は遠距離の移動ではなく近距離の移動が大きな鍵になっているのではないかと思います。

ポケモンGOをやってない人にポケモンGOをやっていると言うとよく聞かれる言葉があります。 「この近くでは何か珍しいポケモンが取れるの?」 「ここだと何かいいことがあるの?」 結局ポケモンGOはそのようなゲームではないんですよね。 確かに巣といわれるような、公園など特定のポケモンがよく出現するような場所はあります。 しかしそれも2週間ごとに入れ替わりますし、その場所の価値を一時的にしか変動させるようなものでしかありません。

ぼくは位置情報ゲームとして最も特筆すべき要素であるロケーションの価値がポケモンGOにあったらどうなるのかこのイベントが始まる前から気になっていました。 今(2017/8/9~2017/8/15)行われている横浜イベントは、この疑問を解決する、ロケーションに意味を持たせたイベントです。 海外限定ポケモンバリヤードや珍しいアンノーンが出現し、色違いのピカチュウコイキングなども出やすくなっています。 この期間限定のジムが登場し、ジムバッジもゲットできます。 また、限定のレイドバトルも行われています。 現地に行ってみようと思いました。

いざ横浜に行ってみると、そのパワーはここまで凄まじいのかと感動すら覚えるほどになりました。溢れんばかりの人。人。人。 皆一心不乱にスマートフォンを凝視し、指をせわしなく動かしています。 アンノーンは六種類出現することもあり全種類をコンプリートするために人はその影を追い求めていました。 やれあっちにいるぞそっちにいるぞ、人は見つけるたびに重い腰を動かして移動します。 人の流れでどこにポケモンがいるかわかる程でした。 かんかん照りの太陽は休むことなく歩きゆく人に日光をこれでもかと浴びせます。 暑さでスマートフォンはカイロのように。 通信環境は酷いったらありゃしません。 少しでも移動するとエラーで表示されなくなります。 そうなったらどうしようもないのでアプリを再起動。 再起動するたびに表示される注意書きにうんざりします。 友人はMVMOだったのですが、3大キャリアのぼくよりも通信環境が悪くまともにゲームをすることすら難しそうな状況でした。*1 タオルは汗ですぐにビショビショに。 近くのコンビニのジュースの棚は空っぽ。 あるのはエナジードリンクのみ。 自販機はお昼すぎにはほぼ全てのペットボトルのボタンには無慈悲な赤いランプが点灯していました。*2 ギリギリ買えたジュースも全く冷えていませんでした。

こんな状況であったにも関わらず、現地にそれほどの悲壮感はありませんでした。 捕まえることのできた珍しいポケモンに小さなお子さんの口角は上がり、それを見た親御さんもにっこり。 捕まえたポケモンの強さを比べひと目もはばからず一喜一憂する夫婦。 木陰で休んでる彼女にせがまれ場所の反対側に捕まえに行かされる彼氏。 偶然現地で会った知り合いらしき人と会話を弾ませるお年寄りの集団。 皆が皆、内心はわかりませんが口々に言っていました。「来てよかった」と。

少し美化しすぎたかもしれませんが、こんな感じでした。

ここまでたくさんの人を動かすスマートフォンゲームはなかったのではないでしょうか。 自分がやっていることを正当化したくて褒めているのかもしれませんが、現実とリンクするゲームの圧力に押しつぶされたみたいです。 次に流行るゲームはどんなものか想像すらつきませんが、これ以上になることを考えると身震いすらしてきます。 ポケモンGOより楽しいものになるとすごいですね。

最後にですが、ぼくはアンノーンMも色違いのピカチュウコイキングも捕まえることができなかったので来てよかったとは思いませんでした。それではまた。

*1:今は中継車が来たり限定ポケモンの出現範囲が広がったことでマシになっているらしいです

*2:遠くのコンビニにいけば行くほど売れ残っていましたが

ひまわり

よろしくお願いします。

うだるような暑さになってきましたね。 この「うだるような」という言葉、漢字では「茹だるような」と書きます。 漢字にすると更に暑そうですよね。 ニュースなどで使われることの多いこの言葉も他ではどんなときに使われるのでしょうか。 様々な文を読んでいても、暑さを形容する以外で使われているところを見たことがありません。

この「うだるような」のようにある言葉にしかくっつかない表現って時々ありますよね。 一年ほど前の水曜日のダウンタウンでは『「どしどし」の後に続く言葉「応募」以外ない説」としてこのような表現が取り上げられていました。 「しとしと」雨が降るというように、オノマトペ系の言葉ではこのような表現が多くあるとぼくは感じています。

さて、今回はタイトルにひまわりと据えてみました。 ひまわりの花はいつも暑い日に見かけるので、いつの間にかパブロフの犬よろしくひまわりをみると暑さを思い出してしまうようになってしまいました。 昔、家の近くにひまわりが咲いていたのでその名残もあるのかもしれません。

ひまわりといってもう一つ思い浮かぶのはハムスターなどの小動物です。 ひまわりの種をカリカリと食べる姿には愛くるしいものがあります。 ぼくはその姿を見て子供の頃一度食べたことがあるのですが、まあ食べられるものではありませんでした。 食用として売られているひまわりの種ならもしかしたらおいしいのかもしれませんが、今は他に美味しいものがたくさんある以上無理して食べようとは到底思えません。 ぼくは野球よりはサッカーの方がよく見るのですが、実はMLBではひまわりの種が食べられているそうです。*1 この記事を見たのがハイチュウについて調べていたときのことだったのですが、そのときはひまわりの種を食べるなんてこれっぽっちも考えていなかったのでびっくりしたのを覚えています。

ひまわりは太陽に似ていますよね。太陽に関連してよく使う表現として「さんさんと」という言葉があります。 「さんさんと」、漢字で書くと「燦々と」となるらしいです。ぼくはてっきり太陽に掛けて「SUNSUNと」が変わったものだと思っていました。 嘘です。思っていませんでした。それではまた。

カブトムシ

よろしくお願いします。

最近は、といいますかこの1年ほど一番ハマっているスマートフォンのゲームはポケモンGOです。 前回ポケモンGOに関する話を書いてから早五ヶ月、いろいろなことがありました。 レイドバトルという他のトレーナーと協力して遊ぶシステムが増えたり、そのシステムを用いた伝説のポケモンとのバトルができたりなど以前の数百倍の楽しさで遊ぶことができるので再開した人も増えたのではないかと思われます。

都会ではレイドバトルではいつ入っても沢山の人が参加しているため、人と協力するのに困ることはありません。 ですが、今ぼくが住んでいる場所は都会とは少し言い難い場所となっているため、ただ入るだけではレイドバトルの目標敵であるレイドボスを倒すことは少し難しいです。 そのため、そのレイドバトルに参加しようとしている人と声を掛け合うなど何かアクションが必要です。 特に伝説のポケモンが登場した今、場合によっては10人以上人を集めないと倒すことができない状況もある中、人と協力する必要性をひしひしと感じています。

今日はファイヤーというポケモンが初登場する日だったので、レイドバトルが行われる場所は盛況を博していました。 そこでたまたま同じレイドバトルで一緒になった小学生や主婦の方と話し、他のレイドバトルにも一緒に参加するような体験もしました。 様々な年代・環境の人と話ができる機会というものは珍しいのでやってみると楽しいこともあるかもしれません。

さて、このポケモンシリーズの生みの親である田尻智さんは小学生の頃は昆虫博士だったそうで、この昆虫を知ること、それに昆虫を集めることがポケモンを作る上でのアイデアの一つになったと聞きます。*1 そういう意味では今ポケモンGOをやっている人はみんな昆虫採集をしたい少年のような心を持っているのかもしれませんね。そんな意味と季節が合っているからこそ今回のタイトルにカブトムシと名付けました。*2

ぼくの家では昆虫が嫌いな人がいなかったこともあるのか、小さい頃はよく夜に昆虫採集に車で行っていました。 車で30分以内の場所に小さな森のような場所があり、その森のなかにある木の樹液が流れている場所を懐中電灯を照らしながら見てみるとたくさんの虫が樹液を求めて集まっています。 アリやカミキリムシ、それにカナブンなどがよく集まっている中、カブトムシやクワガタムシがいるとまるで宝物を見つけたかのように喜んでいたのを今でも目を瞑ると思い出すことができます。 今考えると、スズメバチやゴキブリなどあまり人が見たく・近寄りたくないような生き物もいたはずですが、そのときは全く気にせずに見ていました。 樹液をなめているのか動きも少なかったのが影響しているのかと思います。

昔はカブトムシよりはどちらかというとクワガタムシが好きでした。 カブトムシはずんぐりむっくりとした体型で、クワガタムシはシュッとした体型なので自分に似ているクワガタムシが好きだった、というわけではなく家でカブトムシは幼虫から育てていたのであまり見ないクワガタムシが好きだったんだと思います。 昆虫、カッコいいですよね。今ではどちらも大好きです。

aikoのカブトムシを聞きながら書いていたらこんな時間になってしまいました。今回はこの辺りで筆を置きたいと思います。それではまた。

*1:https://wired.jp/2016/07/19/darwin-pokemon-go-master/

*2:ちなみに今ポケモンGOではカブトムシ型のポケモンであるヘラクロスは登場していますが、海外限定のため日本で持っている人は少ないです